AX

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

グラスの雫№6 ブラックニッカその36

 さて、国産第1号のウイスキーは、結果的に竹鶴政孝が造る。
 1923年、寿屋の鳥井信治郎がウイスキー製造技術責任として竹鶴を雇うことになった。条件は10年、年俸四千円。摂津酒造での待遇の倍以上の給料である。しかも、留学したとは言え、20代の若者である。太っ腹と言うより言葉はない。このころから、サントリーの姿勢が確立されていたのか。創業者の鳥井信治郎の精神が現在も脈々と受け継がれているのか。
「なんでもやってみなはれ、やらなわからしまへんで」
 サントリーは今も昔も、必要な経費は惜しげもなく出す。
 歴史を紐解いていくととても面白い。竹鶴が摂津酒造を退社した翌年に寿屋がウイスキー造りを始めようとする。偶然か、必然か。
 そして、1929年4月1日、寿屋から「サントリーウイスキー白札」が発売された。公平な立場で書かせていただく。間違いなく、国産第1号のウイスキーはサントリーが造った。その時の製造最高責任者が竹鶴政孝である。この事はニッカウヰスキーのホームページにも書かれている。が、サントリーのホームページからは竹鶴政孝の名は抹消されている。ここは、大人の態度で、サントリーのホームページにも簡単でいいので、竹鶴政孝の名前を残していただきたい。竹鶴は鳥井信次郎に対して不義理はしていない。また、鳥井信次郎も竹鶴政孝を厚遇した仲だ。二人がそろわなければ国産初のウイスキー、「サントリーウイスキー白札」は生まれなかったのである。
スポンサーサイト

テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

higemaster

  • Author:higemaster
  • 桜咲くころ=淡路島の地鶏焼きをメインに熊本直送馬刺し、鹿児島の親鶏、黒毛和牛のてっちゃん、ほか、おいしい一品料理を楽しめます。また、日本酒、焼酎、ワインがリーズナブルに楽しめます。
    ピアノバー・トップウイン=1935年製の古いスタインウェイのグランドピアノがたまに鳴ります。ワインを中心にカクテル、シングルモルト、日本酒、焼酎等できるだけ品質の高いお飲みものをそろえるように努力いたしております。
最近の記事
カテゴリー
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。