菜が家に帰った時、和子は裁縫をしていた。内職である。義昭の稼ぎだけでも生活は出来ないこともないのだが、和子は働くのが好きであった。
「おかえり、写真、うまく撮れた?」
「……」
菜は母に言えなかった。左右違う靴下、脱いで素足で撮影した。言うと母が悲しむのではないかと思った。父に叱られるのは平気だが母の悲しい顔を見るのはイヤだった。6才にしてはませた少女である。
「ん?どうしたの?」
裁縫の手をとめて菜の顔を見る。
「うん。うまく撮れたと思います。おかあさま、何かお手伝いしましょうか?」
小さな台所と6畳の部屋が二つの市営住宅に住んでいる。環境に似つかわしくない菜の言葉。母和子のしつけの賜物である。
「美しい言葉でしゃべるのよ」
和子の口癖であった。
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