窓からの搬入に1時間。ゆっくりゆっくりスライドさせていく。その間、大工さんは床の補強にかかった。やっつけ仕事もいいところだ。結局すべて完了するのに2時間半。
つや消しのスタインウェイ。30年ほど前の大学4年生の時に下村教授に譲っていただいた。その返済の為に女子高に就職する。20代の青い経験。走馬灯のように頭に浮かぶ。
「うなぎ、ご馳走するわ」
下村先生は、阪急3番街の竹葉亭に連れて行って下さった。
「フルーツポンチパーティーしましょ。皆さん呼んで」
アルコール入りのフルーツポンチ。非常に美味しかった。何のアルコールが入っていたのか。聞きそびれたままだ。
「夏休みは、家に来て練習しなさい」
へたくそな私に、自宅のスタインウェイを貸してくださった。
「泉君が使っていたあのピアノ、いる?」
それが、バーに今はある。店がつぶれるか、私が死ぬか、それまでこのピアノは移動することはないだろう。
椅子に座って音を出す。ホンキートンクのような響き。
スポンサーサイト