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小説・パッションと指揮 その21

 阪急武庫之荘の家に帰る。夜中11時。家人は寝ている。ピアノの部屋に入る。蛍光灯。ピキシピ、と音を立てて明るくなる。
 ピアノの譜面台にベートーベンのソナタの楽譜が置きっぱなし。3週間で暗譜なんて、アホな自分には無理だ。でもしなくてはいけない。楽譜をぼんやり眺める。1時間、2時間。真夜中1時過ぎから音を出し始める。気がつくと朝の5時半。4時間少し音を出してフーガの手前までは暗譜できたような気がする。
 さて、寝るか。そのままピアノの横のソファーにごろんとなる。気が付くと8時。
 あーあ、また京都に行かなくては…。
 ほぼ毎日がこの繰り返しであった。そのころから私の平均睡眠時間は4時間程度。それが平気な日常生活。
 下村先生に28番のソナタを聴いてもらう。
「暗譜できたら持ってきなさい」
 先生は常に暗譜が前提だった。高校時代もバッハ以外、暗譜できてなければ聞いていただけなかった。
「1楽章から最後まで、何が言いたいの?さっぱりわかりません。ちゃんと整理して弾きなさい。時間がないのよ。じれったいわね」
 きついお言葉を頂戴してレッスンが終わる。
 先ほどの青井先生のじれったいわ、きー、の言葉で瞬時に思い出す。下村先生…。懐かしい。
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小説・パッションと指揮 その20

 昔の歌謡曲を耳にする。瞬間、その時代に記憶が戻る。その場にいた匂いまで思い出す。このような経験はないだろうか。
 まいにちまいにちぼくらはてっぱんのー。この曲を聴くと思い出す。
 およげたいやきくんは1975年の年末から大ヒットした。当時、私は大学1年生。河原町を歩いていると度々聴こえてくる。気持ちは焦っている。イラついている。ベートーベンのソナタ第28番を仕上げて試験で弾かなくてはいけない。早く家に戻って練習しなければならない。のに、体はパチンコ屋に向かう。球を穴に入れてはじく。こんなことをしている場合ではない。が、ジャラジャラの大騒音とおよげたいやきくんが、どこか心地よい。
 いや、心地よいはずなんてないのだ。逃げている。現実逃避。ショートホープを口にする。煙が目に染みて涙が出る。
 大学を出たのは4時過ぎ。時計は8時を指していた。そろそろ帰るか。儲けもせず、損もせず、ゆらりと立ち上がってパチンコ屋を出る。河原町はにぎやかだ。串カツ屋に入る。まだ帰ろうとしない自分。負けている。
「酒」
 透明なコップに入った菊正宗が出てくる。一気飲み。
「おかわり」
 2敗目はちびちびすする。
「お客さん、コースで?」
「いや、3種類ほど揚げて…」
 無言で串カツを揚げる店主。チッ。舌打ちが聞こえそうな不機嫌そうな動き。 

小説・パッションと指揮 その19

「泉さんは、演奏中の音程も気にならないの?今回、管楽器のほとんどが褒められたものではなかったわ」
 伊達が不思議がっている。
「すまん。わしは音痴なんかもしれん。気にならないんだわ、これが。焼肉来たよ。伊達さん、食べよう」
「もう、泉先生ったら、食い意地ばっかりはって。少しは演奏会の感想言ったらどうなのよ」
 なぜか青井彰が怒っている。その言葉に全員反応したのか、シーンとなってしまった。
「ハラミかな、これ。青井先生、素晴らしく美味しいよ」
「先生、リハーサル中、カッカカッカしてましたけど?」
 緊張した空気を和ませようとしたのか、とぼけた感じで質問する金谷。しかたない。少し話すか。
「伊達さんも感じてると思う。皆さんもきっと思っている」 
「指揮者が悪いってことなのかしら?」
 平井は先ほどのタンをうまそうに食べながらつぶやいた。
「うーん。そんなんではなくて」
「じれったいわ。きー。答えこたえコタエ…」青井はビールを一気飲みした。「おかわりおねがい」
 私は自分の経験から話をすすめようと思った。 
 

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小説・パッションと指揮 その18

 主役の江里や藤井がいないが、生ビールで乾杯。うまい。単純に生ビールがうまいと言っているのではない。テイスティングの感覚でうまい。
 料理は適当に2万円分くらいの焼肉を注文。サービス係は宝塚歌劇団にいるようなボーイッシュな格好良い女性だった。
「Aの音さえ合わせれないなんて…。何やってんのかと思ったわ」
 伊達が叫ぶ。
「そうよねー」
 相槌を打つ青井彰。どこか言葉が女性っぽい。
 私はといえば肉の吟味。まずはタン。ど真ん中の部位。タンはど真ん中より根元がうまいんだが、一応合格。
「泉さん、そう思わない?」
 伊達に食事への集中を妨げられた。
「は?Aの音?えー、実はよくわからないんです。ピアノ弾きって意外と調律に甘いんですよ。いつも狂ってる音のピアノを弾くのに慣れてるからかなー。だいたい私は濁ってても平気だし…」
「へー、マスターってもっと厳しい人かと思ってたわ。タン美味しい?」
 平井は元来ホルモン系が苦手。しかしタンはいけそうなのか、興味深そうに私を見る。
「いけますいけます。蒲田って面白い。気に入った」
 私は叫んで黙々と焼肉に集中する。

 

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小説・パッションと指揮 その17

 楽屋からロビーに出ると懐かしい顔があった。
 平井久美子。彼女は西宮に住んでいたのだが、ご実家のお仕事のお手伝いに東京に戻って行った。
「マスター、お久しぶりー」
 相変わらず笑顔が魅力的だ。
 横にはファゴットの達人伊達純子、奥にピアニスト青井彰。にこにこ笑って立っているのはぺこちゃん先生。ぺこちゃん先生は高校の社会の先生である。クラシック音楽と絵画に造詣が深い。佐伯祐三画伯の展覧会があると聞けば、鹿児島、新潟、どこへでも見に行く。
「今から、打ち上げに行きませんか?」
 私は江里以外の音楽に興味がなかったので皆さんを誘ってみた。金谷友人も含めて全員賛成。蒲田駅周辺でどこか適当なお店を探すことになった。
 しばらく歩いた後、目についたのは焼肉の慶州苑。生ビールがうまければ、それだけでもいい気分になれるのだが。緊張して聴いていたせいか、のどがカラカラである。

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  • Author:higemaster
  • 桜咲くころ=淡路島の地鶏焼きをメインに熊本直送馬刺し、鹿児島の親鶏、黒毛和牛のてっちゃん、ほか、おいしい一品料理を楽しめます。また、日本酒、焼酎、ワインがリーズナブルに楽しめます。
    ピアノバー・トップウイン=1935年製の古いスタインウェイのグランドピアノがたまに鳴ります。ワインを中心にカクテル、シングルモルト、日本酒、焼酎等できるだけ品質の高いお飲みものをそろえるように努力いたしております。
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