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グラスの雫№5 真鶴外伝・達人の感覚その2

「これは、水かな」
 万膳氏は独り言にしては大きな声をあげた。
「この水は?どこの水?」
 ここの井戸水だということがわかった。万膳氏は自分が仕込んでいる水を持ってきているのでもう一度それを沸かしてお湯割するように指示した。
「さて、仕切りなおし…。皆さんどうでしょうか?」
 髭氏はうなった。さっきのお湯割とは全然違う。柔らかくて、本来の萬膳庵の味わいだ。丸くて伸びがある。旨味がストレートに体全体に染み渡る。
「さっきとはものが違う」
 イタリ氏がうなった。
「ふむ。こんなことってあるのですか」
 藤枝氏がしきりに感心している。
「うわぁ。美味しいですね…」
 坂坂氏がうまいうまいを連発。
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テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

グラスの雫№5 真鶴外伝・達人の感覚その1

 2008年2月某日
 藤枝氏、イタリ氏、坂坂氏、髭氏がさる所で万膳氏に会った。
「今年の萬膳庵、飲んでみます?」
 万膳氏に新酒をすすめられた。お断りするはずもなく、4人はうんうんと大きくうなずいた。
「お湯を沸かして持ってきて…」
 万膳氏が言うと、しばらくして妙齢の女性がポットとグラスを持ってきた。
「ボクが…」
 藤枝氏が人数分のできたて萬膳庵のお湯割を手早く作った。
「どうかなぁ…」
 万膳氏はみんなの反応を知りたがっていた。
 出来上がりのお湯割りは45度くらい。ぬるい目だ。
「うまいですね。でも、前年の萬膳庵に比べると少し荒いでしょうか…」
 髭氏が知ったかぶって話した。
「うん。少し、あばれるかな」
 と、イタリ氏。
 他、坂坂氏、藤枝氏も同様の反応をした。
「やっぱり、新しいから落ち着いてないかな」
 最後に万膳氏がお湯割を飲んだ。
「薄すぎるな。もう少し濃くして…」
 藤枝氏は万膳氏に8:2でお湯割を作っていた。我々は5:5だ。
「6:4くらいにして…」
 今度はフムフムと言いながら万膳氏はゆっくりお湯割の味を見た。しばらく口に含ませて味を見ていた万膳氏は突然…。

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グラスの雫№5 真鶴その30

 それから約半年後、11月、記念すべき第1回目の仕込みに藤枝氏は参加した。最初は黒麹で造る萬膳。蒸留器が稼動する時の強烈な印象。ドッ、ドッ、ドッと杉の木でできた蒸留器は地鳴りの音を立てる。床が割れるのでは…、藤枝氏は本気で思った。山小舎の蔵の床はきれいに化粧されたコンクリート。そのコンクリートにヒビが入りそう。パイプからは勢いよく、蒸気が噴出。まるで生きている機関車のよう。藤枝氏は目を丸く開けて木樽蒸留器を見続けた。
「藤枝さん…」
 万膳氏の右手には透明なグラス。出来立ての原酒が入っている。
「え。いいんですか?」
「味、見てください」
 万膳氏からわたされたグラスの液体は輝いている。キラキラと。中のエキスがクリスタルのような輝きを持っている。藤枝氏はグラスを持った手ばかりではない。全身が震えた。また、泣いてしまう。泣いたらあかん。グラスをゆっくり口元に持っていく。それが精一杯。飲めなかった。洗米、芋洗い、不眠不休で管理した麹。走馬灯のように頭をよぎる。
「ん…?どうぞ」
 宿里杜氏がうながしてくれる。藤枝氏は二人の顔を見た。うなずいている。目をつむった。舐めた。あれ?もう一度舐めた。
「これ、40度あります?」
「いやー、もっとあるでしょ。45度…」
 藤枝氏はうなってしまった。45度ならスコッチと同じくらい。しかし、それに比べて荒々しさがない。上品という言葉が陳腐なくらいスムース。5年以上熟成しているスコッチよりもはるかに柔らかい。しかも、蜂蜜のように甘いのだ。

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グラスの雫№5 真鶴その29

 藤枝氏は万膳氏を知る事になったいきさつを話した。そして、出来上がった焼酎を飲みたいと頼んだ。
「いやぁ、まだ、造ってない…」
「え?ではこの万膳という焼酎は?」
 藤枝氏はのテーブルの上に置いてある焼酎を指差した。小さな字、横書きで萬膳と書いてある。紙質はくすんだ和紙。説明書きはコピーでもしたような簡単な印刷であった。
「よそで、造ってもらった…。プライベートブランド。去年は蔵を立ち上げるだけで手がいっぱいで…。とてもじゃないけど、仕込み出来るような状況じゃー…」
「では、初めての仕込みは?」
「今年の秋になる…」
「手伝わせてくださいっ」
 藤枝氏は大きな声をはりあげてしまった。少し恥ずかしくなった藤枝氏。もう一度頼んだ。
「ご迷惑でしょうが、床掃除でも、芋洗いでも何でもいたします。邪魔になったらすぐに追い返してください。そのようにならない様に努力いたします」
 今度はゆっくりと普通の音量で、万膳氏の目をしっかり見て語った。
 万膳氏はどう答えてよいものやら戸惑った。この男、悪人ではないのはすぐにわかる。しかし、おっちょこちょいで、しかも関西人…。
「藤枝さん、悪いんだけど、関西の人とは、そのぉ…」
 話しながら万膳氏、藤枝氏の顔を見る。子供だな、大人になれない子供。突然、電話をかけてくる。手紙をよこす。わざわざ、会いに来る。そうだな、子供に悪者はいないか。
「わかりました。その時に、また連絡いたします。藤枝さんのお力をお借りすることがあるかも…」
「ありがとうございます。ありがとうございます。ありがとうございます」
 藤枝氏は直立して何度も万膳氏に頭を下げた。
 邦子さんは半泣きの夫の姿をながめた。鹿児島まで来た甲斐があった。邦子さんは琳太郎をあやしながら思ったものだった。

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グラスの雫№5 真鶴その28

「どう思う?これ…」
 万膳利弘氏が奥様のひろみさんに便箋を見せた。藤枝氏からの熱の入った手紙である。
「ふんふん。よか人じゃね。っと、神戸ね。神戸って関西じゃなかね」
 差出人の住所が神戸。二人はそれにひっかかったようである。
 万膳利弘氏は関西の企業にだまされて、5000万円ほどの損失を出してしまった経緯がある。そのせいで、新婚早々、万膳氏は裁判所にひっきりなしに通うこととなった。新妻のひろみさんは、なんでこんなややこしい人と結婚してしまったかと後悔の日々を過ごす。
「関西の人だけは取引しない、決めたんじゃなかったっけ?」
「あぁ、決めた。決めたじゃっど…」
 万膳氏は何度も何度も、藤枝氏の手紙を読み返した。読めば読むほど好人物に思えてくる。「会うだけならいいか。いやなやつなら、取引を断ればいいんだし…」
「来年なら会える…」
 万膳氏は迷った末に返答した。
 その返事に藤枝氏は狂喜乱舞。
「おかちゃん、万膳さんから来年会うって返事きたよ」
 藤枝氏の奥様、邦子さんに満面の笑みを浮かべながら話した。
「よかったね。飛行機代ためないとね…」
 翌年、乳飲み子の琳太郎を抱えた藤枝夫妻。鹿児島空港に降り立つ。ドキドキしながら、わくわくしながら、レンタカーを国分市に転がした。目指すは万膳氏が経営する酒販店。
「やぁ、どうも…」
 藤枝夫妻と琳太郎を迎えてくれたのは万膳夫妻。
 まだまだ警戒を解かない万膳氏。そんな事とは露とも思わず、会いたい人に会えた喜びを体いっぱいに表現する藤枝氏。
 時は2000年1月24日。小さな駆け出し酒屋とまだ誰からも認められていない芸術家肌の蔵主。厚い友情と深い信頼が二人の間で芽生えていく記念すべき日であった。

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  • Author:higemaster
  • 桜咲くころ=淡路島の地鶏焼きをメインに熊本直送馬刺し、鹿児島の親鶏、黒毛和牛のてっちゃん、ほか、おいしい一品料理を楽しめます。また、日本酒、焼酎、ワインがリーズナブルに楽しめます。
    ピアノバー・トップウイン=1935年製の古いスタインウェイのグランドピアノがたまに鳴ります。ワインを中心にカクテル、シングルモルト、日本酒、焼酎等できるだけ品質の高いお飲みものをそろえるように努力いたしております。
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