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小説・パッションと指揮 その29

 医療と音楽と言えばアルベルト・シュヴァイツァーを思い浮かべる方々が多いのではなかろうか。
 江里の才能を客観的に考えてもその域に到達するのは可能であろう。しかし、青井彰はもっと高いレベルの総合芸術家を江里に感じていたようだ。
「江里さんは、ダ・ヴィンチになれるわねー」
 青井彰は続ける。
「レオナルド・ダ・ヴィンチは医学は当然、科学、数学といった理科系全般から、音楽、絵画、彫刻の芸術全般に精通していたの。知ってるわね」
 全員うなずく。息をのみながら青井彰の言葉を待つ。
「今日のラフマニノフも普通は弾けないの。人前で…。ラフマニノフの3番も弾けてしまうでしょ。たぶん。見たことないけど、きっと美術も得意なはずよ。そうよね、江里さん?」
 江里は黙って笑っている。
「人類史上、ダ・ヴィンチ以上の人物は存在しないわ。見てみたーい。二人目の総合科学者兼総合芸術家。あー、長生きしたいわ」
 青井彰はうっとりとした目で天井を見上げた。
 このコンサート一つでそこまで感服したか。いや、青井だけでなく、多くの聴衆が感じたかもしれない。
 芸術は考えるものではなく感じるもの。科学もそうに違いない。真理は感覚から来る。

                          小説・パッションと指揮 完   
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小説・パッションと指揮 その28

「青井先生はコンチェルト、弾かれないんですか?ソロはよく聴きましたが…」
 話題が硬くなってきたのを嫌ったのか、伊達が青井彰に質問をする。
「えーとねー。オーケストラを使うと何かと大掛かりになって、お金がたくさんいるの。ボク、貧乏だからそんなのできっこないの」
 確かに。プロとしての演奏活動をしていても、協奏曲を仕事として頼まれるのはまれである。たいていの場合は、協力してくれと、数十枚から数百枚のチケットを持たされてしまう。今回は無料コンサート。出演者全体がボランティアなんだろうか。
「次は何の協奏曲を弾かれるんですか?」
 平井が江里に尋ねる。
「いえ、なにも決まってません」
「ラフマニノフの3番なんてどう?」
 ペコちゃん先生が江里の顔を見る。
「ふっ。弾きたいですが…」
「えーー。それが弾けたらすごいわねー。すごいすごい」
 生ビールを調子よく空けながら青井彰。
「お医者様をしながら演奏活動なんて、それもかなりのものですね」
 伊達も口をはさむ。

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小説・パッションと指揮 その27

 乾杯の中、当然江里への絶賛の嵐。
「いえ、ボクなんて、まだまだです…」
 どこまでも謙虚な江里である。
「オーケストラも、まーまーだったと思うよ。リハサールよりも、ずっと良かったよね。ね、先生」
 藤井が私に相槌を求める。
「うん。良かった。ただ、ひょっとしたら、あの指揮者は師匠が悪かったかもね」
「え?どうして?」
 伊達がすぐに食らいつく。
「だって、あの難しいコンチェルトを暗譜で弾けるって言ってたよ。すごい才能だわ」
 彼の学生時代、ひょっとして研究生時代、もしくは指揮見習い時代に、師匠が極端に音のズレや響きの充実、そして細部の鳴りを気にしていたのかもしれない。リハーサル中、ずっとだ。師匠自身、もっと大きな音楽感を持っていたとしても、それを弟子にうまく伝えることができなかった可能性もある。
 天才は、師匠を選ばない。極端に言えば師匠に師事しなくても勝手に世に出てくる。しかし、天才にわずかに及ばない才能をもつ音楽家は、受けてきた教育によってかなり左右されてしまう。運、不運で片づけることができない世界がある。もっと不幸なのは、天才にちょっと足りない音楽家は後年、経験を重ねてから真理真実に気がつく。
『オレはなんと遠回りをしてしまったのか』と。

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小説・パッションと指揮 その26

 その代表として、スヴャトスラフ・リヒテルとスタニスワフ・ヴィスウォツキ:ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団の演奏をあげることができる。今回の演目と同じくラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。1959年の録音である。
 スタニスワフ・ヴィスウォツキは巨匠とは言えないが、当時ポーランドを代表する新進気鋭の指揮者であった。破綻のないみごとな演奏である。ピアニストと指揮者が、全く新しいロマンチックなラフマニノフ像を作り上げた。それが今日まで、この曲の演奏の教科書のように君臨し続けている。リヒテル44才、ヴィスウォツキ38才であった。
 
 本日の演奏会、指揮者がピアニストに合わせようとした。そして、オーケストラ自体も合っているのかどうかを非常に気にしていた。結果、ピアノにも合ってなかったし、オーケストラは、ずれてしまった。
 どうせ、くずれるのなら、細かいことを気にせずに、大きな音楽で、火花を散らす競演をするか、息の合った共演を見たかった。
 江里の才能はどちらの場合にも対応できたはずである。

 慶州苑で焼肉を食べ始めてから1時間ほどして江里と藤井が来た。
「ベートーベン聴かずにごめんねー」
「ビールの誘惑に負けちゃったのー」
 誰ともなく言い訳の言葉が二人に浴びせられる。
「いえいえ、僕たちもビールを」
 藤井がビールをオーダーして改めて乾杯。
 

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小説・パッションと指揮 その25

 ピアノ協奏曲の演奏は、おおむね2つの形があると私は考える。
 一つは指揮者とピアニストが火花を散らしあって、お互いの自己主張を譲らない。
 まず思い浮かぶのはウラディミール・ホロヴィッツとアルトゥーロ・トスカニーニ:NBC交響楽団の演奏である。曲はチャイコフスキー作曲ピアノ協奏曲第1番。録音は1941年。ニューヨークはカーネギーホール。最初のホルンの出だし。トスカニーニは緊迫感を持った早い目のテンポで表現する。その直後、弦楽器がピアノの入りの前に極端なリタルタンド。指揮者がいやいやリタルダンドをしているのが見え見え。ピアニストがゆっくり弾きたいと言うのでゆっくりしてやったぞ。ほら、どうだ?満足か?と今にも聞こえてきそうだ。しかし、そのテンポより、さらに遅く弾くホロヴィッツであった。最後までお互いの自己主張を曲げず緊迫した音楽が延々と続く。
 これとはまた違う形で、グレン・グールドとレナード・バーンスタイン:ニューヨーク・フィルハーモニックのブラームスのピアノ協奏曲第2番がある。1962年。これもカーネギーホールのライブ。指揮者とピアニストの意見が全く合わない。しかし、コンサートはしなければならない。責任感強いバーンスタインは演奏開始前に聴衆に『今からの演奏の成功、不成功、もしくは不愉快な思いをすることがあえれば、責任はすべてグールド氏にある』と前代未聞のスピーチをした。事実上の敗北宣言である。
 もう一つの形。それは指揮者とピアニストが一つの作品を意思統一しながら完成させていく。

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  • Author:higemaster
  • 桜咲くころ=淡路島の地鶏焼きをメインに熊本直送馬刺し、鹿児島の親鶏、黒毛和牛のてっちゃん、ほか、おいしい一品料理を楽しめます。また、日本酒、焼酎、ワインがリーズナブルに楽しめます。
    ピアノバー・トップウイン=1935年製の古いスタインウェイのグランドピアノがたまに鳴ります。ワインを中心にカクテル、シングルモルト、日本酒、焼酎等できるだけ品質の高いお飲みものをそろえるように努力いたしております。
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