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小説・パッションと指揮 その19

「泉さんは、演奏中の音程も気にならないの?今回、管楽器のほとんどが褒められたものではなかったわ」
 伊達が不思議がっている。
「すまん。わしは音痴なんかもしれん。気にならないんだわ、これが。焼肉来たよ。伊達さん、食べよう」
「もう、泉先生ったら、食い意地ばっかりはって。少しは演奏会の感想言ったらどうなのよ」
 なぜか青井彰が怒っている。その言葉に全員反応したのか、シーンとなってしまった。
「ハラミかな、これ。青井先生、素晴らしく美味しいよ」
「先生、リハーサル中、カッカカッカしてましたけど?」
 緊張した空気を和ませようとしたのか、とぼけた感じで質問する金谷。しかたない。少し話すか。
「伊達さんも感じてると思う。皆さんもきっと思っている」 
「指揮者が悪いってことなのかしら?」
 平井は先ほどのタンをうまそうに食べながらつぶやいた。
「うーん。そんなんではなくて」
「じれったいわ。きー。答えこたえコタエ…」青井はビールを一気飲みした。「おかわりおねがい」
 私は自分の経験から話をすすめようと思った。 
 

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小説・パッションと指揮 その18

 主役の江里や藤井がいないが、生ビールで乾杯。うまい。単純に生ビールがうまいと言っているのではない。テイスティングの感覚でうまい。
 料理は適当に2万円分くらいの焼肉を注文。サービス係は宝塚歌劇団にいるようなボーイッシュな格好良い女性だった。
「Aの音さえ合わせれないなんて…。何やってんのかと思ったわ」
 伊達が叫ぶ。
「そうよねー」
 相槌を打つ青井彰。どこか言葉が女性っぽい。
 私はといえば肉の吟味。まずはタン。ど真ん中の部位。タンはど真ん中より根元がうまいんだが、一応合格。
「泉さん、そう思わない?」
 伊達に食事への集中を妨げられた。
「は?Aの音?えー、実はよくわからないんです。ピアノ弾きって意外と調律に甘いんですよ。いつも狂ってる音のピアノを弾くのに慣れてるからかなー。だいたい私は濁ってても平気だし…」
「へー、マスターってもっと厳しい人かと思ってたわ。タン美味しい?」
 平井は元来ホルモン系が苦手。しかしタンはいけそうなのか、興味深そうに私を見る。
「いけますいけます。蒲田って面白い。気に入った」
 私は叫んで黙々と焼肉に集中する。

 

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小説・パッションと指揮 その17

 楽屋からロビーに出ると懐かしい顔があった。
 平井久美子。彼女は西宮に住んでいたのだが、ご実家のお仕事のお手伝いに東京に戻って行った。
「マスター、お久しぶりー」
 相変わらず笑顔が魅力的だ。
 横にはファゴットの達人伊達純子、奥にピアニスト青井彰。にこにこ笑って立っているのはぺこちゃん先生。ぺこちゃん先生は高校の社会の先生である。クラシック音楽と絵画に造詣が深い。佐伯祐三画伯の展覧会があると聞けば、鹿児島、新潟、どこへでも見に行く。
「今から、打ち上げに行きませんか?」
 私は江里以外の音楽に興味がなかったので皆さんを誘ってみた。金谷友人も含めて全員賛成。蒲田駅周辺でどこか適当なお店を探すことになった。
 しばらく歩いた後、目についたのは焼肉の慶州苑。生ビールがうまければ、それだけでもいい気分になれるのだが。緊張して聴いていたせいか、のどがカラカラである。

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小説・パッションと指揮 その16

 江里のアンコールが終わって、コンサートは休憩に入る。私は楽屋に行った。すでに江里の周りは人だかりでいっぱいであった。
「ミスもあったけれど、いい演奏だったわ」
 ピント外れな評を大声で言うどこかのおばさん。ピアニストか。このおばさんの横に目がきらきら光る美形の女性。
「植原先生です。こちらは大阪でお世話になってる泉先生…」
 江里が紹介してくれたのは、江里のピアノの先生。優しい表情とエレガントな所作。上流階級な雰囲気を持つ。

「どうでしたか?」
 ぼんやり立っていると指揮者が来た。リハーサルで怒鳴りつけたのにもかかわらず、私に聞きに来るとは、根性があるのか、謙虚なのか。
「全くダメ、まだまだ。もっとピアノを聴かないと…」
「僕は、この曲を暗譜で弾けます」
 おっ。根性ある口答え。ひょっとすると、これからまだまだ伸びる余地のある才能を持っているのかもしれない。
「ふむ。暗譜で弾けてあれだったら、音楽やめた方が良い」
 最もキツイ言葉で彼にエールを送った。消化するか落ち込むかは彼の力量である。冷たい言い方かもしれないが、プロの指揮者としてやって行くには、これぐらいの批評をまともに受け止める性根がないと生きていけない。
 

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小説・パッションと指揮 その15

 ラフマニノフが終わって万雷の拍手の後、江里はアンコールに答えた。同じ作曲家の「ヴォカリーズ」。
 ヴォカリーズは歌詞のない歌曲である。その美しい調べから様々な楽器に編曲され、たびたび演奏される人気曲。江里が弾いたのはハンガリーのピアニスト=ゾルターン・コチシュが編曲したものであった。
 
 「イズミさーん」
 私の師匠であるアゴナシュ・ジョウルジ先生は私の事を常に「イズミさーん」と呼んでいた。
「ゾルターン・コチシュ?ちがうー。コチシュ・ゾルターン」
 ハンガリーでは日本と同じく、姓名の順で表記する。
「コチシュ・ゾルターンは天才」アゴナシュ先生はそう言っていた。
 アゴナシュ先生には1981年から1994年まで13年間習った。最初にレッスンに行った時、見本として、ショパンのエチュードを楽譜の指示するテンポで弾いて下さった。ショパンのエチュードは弾き方さえわかればだれでも弾ける。アゴナシュ先生は常々そうおっしゃっていた。
 
 江里が弾くコチシュ編曲のヴォカリーズを聴いて懐かしく生前の師匠を思い出す。

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  • Author:higemaster
  • 桜咲くころ=淡路島の地鶏焼きをメインに熊本直送馬刺し、鹿児島の親鶏、黒毛和牛のてっちゃん、ほか、おいしい一品料理を楽しめます。また、日本酒、焼酎、ワインがリーズナブルに楽しめます。
    ピアノバー・トップウイン=1935年製の古いスタインウェイのグランドピアノがたまに鳴ります。ワインを中心にカクテル、シングルモルト、日本酒、焼酎等できるだけ品質の高いお飲みものをそろえるように努力いたしております。
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