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フィクション★ハタッチその26

 入試当日。
 どきどきすることもなく、試験会場のドアを開いた。今日弾く曲はバッハの平均律第Ⅱ巻第2番ハ短調。プレリュードはエチュードみたいな曲だ。16分音符を破綻なく弾く。決して機械的にならず。フーガはそれとは対照的にゆったりと歌う。静かな歌だ。教会のオルガン、しかし、間近に聴こえるのではない。そう、教会の外に漏れ聴こえるような、抑揚が少なく…。神経を使うメロディー。
 審査員に向かってお辞儀をする。コンサートではない。あまり深く長くしない、簡単に。椅子の高さの調整をする。座る。頭の中ではすでにプレリュードのテンポが刻まれている。左手のスタカート、右手の細かな動き、重すぎず軽くなりすぎず…。うんうん、いい調子で弾き始めた。
「コツコツ」
 机をたたく音がした。気のせいか。
「コツコツ」
 また、机の音。
「はい。弾くのをやめてください」
 命令された。
「こちらに来てくれますか」



                                  フィクション★ハタッチ完
                   引き続きフィクション★ハタッチⅡが連載されます。



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フィクション★ハタッチその25

 その後、先生は当て続けた馬券でヤマハのフルコンサートピアノの中古を買った。残った数十万円を年末の有馬記念に突っ込んでスッテンテンになったという。先生の運が落ちたのか、その後A型肝炎で長期学校を休まれた。うつるといけないと言われて俺も大村も遊びに行かなかった。
 翌年3月、東京藝術大学音楽学部ピアノ科の入試。先生は100点と感動とは違うと言っていたが、入試は別と思う。バッハの平均律をはじめ、すべての課題を自分なりに完璧に弾けるレベルで入試に臨んだ。

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フィクション★ハタッチその24

 先生は競馬新聞を広げて見せた。
「天皇家に関係ある馬、いるかな?」
 3人は黙り込んで、にらむように競馬新聞を読む。しばらくして大村が口を開けた。
「わかった。メイキングテシオ」
「え?なんで?」
「ハタッチ先輩、わからないんすか?簡単ですよ。メイきんぐテシオ。ね、キングがあるでしょ。天皇は日本のキングでしょ。先生、あってます?」 
「すばらしい。わしもそう思った。でもホットではない。ホットニュースが馬券になりやすい」
「ライスシャワーですか?」
 今度は岩淵が答えた。俺にはさっぱりわからない。
「ほほー、なんでそう思う?」
「皇太子のご結婚話が進んでいる、新聞で読みました」
「なんじゃ、それ。ライスシャワーと何の関係が?」
 思わず質問してしまった。
「それは……」
 先生がしゃべりだした。
「ライスシャワーってのは教会で結婚式を挙げた後、新郎新婦にお米を降り注ぐ風習。岩淵くん、よくわかったね」
 

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フィクション★ハタッチその23

「競馬はダジャレっていう本、読んだんよ」
「……」
「菊花賞の菊は何を連想する?」
「天皇ですか」
 岩淵が答えた。岩淵は音楽以外の知識が深い。普段おとなしいが、突っ込んだ話に豊富な知識で俺たちを楽しませてくれる。
「そう。菊紋は天皇と皇室を表す紋章。で、ワシは調べた。今、皇室で何が起こっているか」
「……」
 俺たちは、続きを聞きたくてだまったまんまだ。
「この春から宮内庁は皇太子のご結婚に向けて動き始めている。知ってる?」
「知らーん」
 3人はユニゾンで答えた。
「こういうのを知っとかないと、馬券はとれない」
「はー?」 
 俺たちは感心するよりあきれてしまった。
「あれ?聞きたくないの?じゃー、やめた」
 先生は大人のクセにすぐすねる。
「いえいえ。聞きたいです。先生、目の付け所が違いますね。さすがです」
 俺は子供をあやすように自尊心をくすぐってみた。
「うんうん。ハタッチはわかっていらっしゃる。で、菊花賞の馬柱を見ると…」

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フィクション★ハタッチその22

 本番が終わって、ほっとしたし、久しぶりに先生の家に遊びに行く事にする。岩淵と大村を誘った。
 先生の家では、チャイコフスキーの演奏よりも競馬のほうに関心が行った。
 大村が聞く。
「菊花賞、どうなりました?」
「ミホノブルボン、2着だったよ」
「それで、それで、ぞろ目でした?」
「ああ、枠連4-4。連勝したね。調子ええわ。いや、ホンマ」
「先生、かなり儲かりました?」
「あぁ、5万円くらいになったよ。ふぉふぉふぉ」
「なんで、ぞろ目と思ったんですか?」
 3人の関心はそこだった。
 

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  • Author:higemaster
  • 桜咲くころ=淡路島の地鶏焼きをメインに熊本直送馬刺し、鹿児島の親鶏、黒毛和牛のてっちゃん、ほか、おいしい一品料理を楽しめます。また、日本酒、焼酎、ワインがリーズナブルに楽しめます。
    ピアノバー・トップウイン=1935年製の古いスタインウェイのグランドピアノがたまに鳴ります。ワインを中心にカクテル、シングルモルト、日本酒、焼酎等できるだけ品質の高いお飲みものをそろえるように努力いたしております。
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